 |
 |
| 2004年5月12日号 このメールマガジンはHTML形式でお送りしています。オンラインでご覧ください。 |
 |
 |
 |
いらっしゃいませアッピ〜ルマガジンです。外に出かけるのが楽しくなる季節ですね。こんな季節は芝生の上に寝転がり、ビールでも飲みながら好きな音楽を聴くなんて最高ですね。
|
 |
 |
 |
 |
 |
|
 |
新作名刺紹介や製作情報などをご紹介 |
|
 |
あまり知られることのないデザイナーの裏話を紹介 |
|
 |
関西ならではの物事やお店など他の地方にはない関西の文化をご紹介 |
|
 |
発行者のひとり言、時勢ネタ批評、体験談など幅ひろい話題をご紹介 |
|
 |
過去のバックナンバーをご覧いただけます |
|
 |
| 下のロゴをクリックして、親サイトも覗いて見てくださいね。筆者のプロフィールも掲載されてます。 |
|
 |
 |
| アッピ〜ルマガジンの親サイト。オリジナル名刺が手軽につくれます。 |
|
 |
 |
 |
|
 |
|
 |
今、巷で流行しているアジアン風。和風で渋いものから、アジアンテーストな無国籍なものまで個性派揃いの名刺です。他にはあまり見かけないようなインパクトのある名刺があったらなぁーとお考えのあなたにオススメです。
|
|
 |
 |
 |
デジタル化が進んだ現在、広告デザインも合理的になりました。パソコン上でデザインソフトを使いながら作りあげて、プリントアウトしたもので依頼主に確認をとり、最終OKが出ればそのままデーターを印刷会社に送り印刷されるといった具合です。アナログ時代ではそれらの作業は分業で行われていました。当時の私たちの仕事は依頼主に広告の仕上がりをイメージしていただくために、“カンプ”と呼ばれる見本のようなものを作っていました。デザイン事務所によって作り方は違っていて、マーカーで描いてみたりエンピツスケッチだったりいろいろありました。
私のいたデザイン事務所は少し特異でした。できるだけ印刷されたイメージを表現するために、イメージに近い写真や文字を雑誌などで探してコピーして切り張りしたり、イメージのないものはリアルなイラストで表現ししたり、かなり重厚なものを作っていました。カンプ自体が一枚の絵のようなもので依頼主にインパクトをあたえるものとして重宝されていました。いろんなジャンルのデザインをしていましたから表現力、描写力、テクニックを身につけることができました。イラストひとつにしてもリアルなタッチ、手書きを活したオシャレなタッチ、親しみやすいマンガタッチなど広告イメージにあわせて描きわけるので単純にイラストだけ描くという考え方よりも広告の企画にあわせた描き方をするという考え方になりました。
表現力が身についてくると企画力もついてきます。打ち合わせにも参加できるようになってきてデザイナー側からの提案もできるようになりました。デジタルの時代であってもカンプ作りで養った経験が核になって、デザインの幅へと繋がっているようです。 |
 |
|
 |
 |
|
| 外で遊べるグッズも豊富でした。西洋凧の“ゲイラカイト”の小さいサイズのものや、ブーメランや火薬鉄砲など空き地がたくさんあったからこそ楽しめるものばかりでした。 |
|
 |
前回に引き続き子供の頃の遊びのことを書きたいとおもいます。
少し前までは駄菓子屋のようなちいさな店がどの地区にでもあって子供達にとっては魅惑な場所でした。私の子供の頃はそういう場所が数カ所あってそれぞれ特色があり、気分にあわせて友達とまわったものでした。
当時の人気商品といえばプロ野球のメタルバッジ。小学校の黄色のキャップにジャラジャラとバッヂをつけていました。人気球団であればあるほどステータスがあったのです。だったら人気球団のを買えば?と思う所ですがそう簡単にはいきません。バッジはくじ引きの当たりの景品だったのです。どういうものだったかというと、四角い箱に棒が突き出ていてその棒を押すと中から丸いガムが転げでてくるというしくみ。青はハズレ、オレンジはアタリです。アタリが出たら好きなバッヂを選べます。しかし、アタリが出たとしても好きな球団や人気のあるバッヂはすでになくなっているので、あまり人気のない球団しか残っていなかったのです。
駄菓子屋で楽しむ遊びもありました。水で溶かすとコーラになるという錠剤が売られていて、それをサイダーの瓶の中に入れると凄い勢いでサイダーが吹き出てくるのを口でうけとめ、飲み干せるか?というもの(笑)絶対飲み干せるものではありません。競争というよりもサイダーでビショビショになった姿を楽しむようなものでした。
駄菓子屋といえば名前を“あたり屋”と名乗っているお店が全国にあるようですね。私の地区にもそう名乗るお店がありました。遠い店でしたが、まわりの店にない魅力的な品物があって遠足のおやつ購入の際はそこへ行くのが通常でした。「おばちゃ〜ん」「おっちゃ〜ん」って自分にとって無関係な大人に接する機会だったとおもいます。そういえば私の頃は年齢差の離れた子供同士で遊んでいたようにおもいます。年上のおにいさんは怖くて話すことはあまりなかったけれど、ちいさな社会の学ぶ場所だったのかもしれません。現在は駄菓子やにあたる場所はコンビニでしょうか。今の子供はどんな遊びをしているのだろう?…やっぱりテレビゲームかな。 |
 |
|
 |
 |
 |
 |
| インターネットで動物の血液型というのを調べてみました。ABO形式で分類すると人のように4種類で分けられているものばかりではなく、1種類や2種類しかない動物もあるそうです。ちなみにウマ、イヌ、ネコはO型とAB型の2種類、ウシはB型しかないそうです。植物の場合カエデの紅葉が赤くなるのがO型で黄色になるAB型だそうです。ちなみに私は牡牛座のB型(笑) |
|
 |
唐突ですが、私の血液型はB型です。 私は20代前半まで自分はO型とばかりおもっていました。生徒手帳の血液型の欄にO型と書いていましたし…(笑)なぜそう思っていたかというと父と妹がB型、母がO型だったので当然O型だなと単純に信じきっていたからでした。そういうところがB型らしいとことですけどね。
O型と信じきっていた時代さんざんB型の悪口をいい、盛り上がっていました。ある日、免許の更新のため免許書更新センターにおもむき、手続き待ちで2時間ほど空いていました。センターの中に献血所がありましたので献血でもしようかとふらりと入りました。ベッドに寝かされ、血液を採取しているときに看護婦さんから軽く「松下さんB型ですね」と言われました。「ガーン、ビビーガター?!」頭の中のO型と信じきっていたものが崩れてしましました。ショックで落ち込んでしまいました。社に戻りそのことを伝えるといとも簡単に「そうやろ?B型やと思ってたで」と言われ、当時の事務所の社長(B型)からは「B型だからといって嘆くことはない」と慰められてしまいました。
私の勤めていたデザイン事務所の社員の血液型の分布は驚くものでした。全社員のうち約半分がB型、残りの半分うちの半分がAB型というものでした。今おもえばこんな分布でよくまとまっていたなと思ってしまいます。
いろんな情報で血液型による性格形成は根拠のないものだと聞いていたので話の肴かなと思っていました。最近、テレビで血液型の特集があっていろいろ実験をしていたという話を聞きました。血液型に分類させて行動パターンを実験していたらしいのですが、世間で言われている各血液型の性格をほぼなぞるような結果だったそうです。そういうことを聞いてしまうとやはりそういうものがあるのかも?と考えてしまいました。
以前、私が見たテレビ番組では何店鋪かある美容室の中で集客率の低い支店があり、店員の血液型バランスを調べ、調和のとれたメンバー構成にしてからは集客率があがったそうです。気にしないようで気にしてしまう血液型。そういう所が魅力的なのかもしれませんね。 |
|
 |